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第六話 スーダン解放戦線ゲリラ
今までにアフリカ大陸へは二回渡ったことがある。
一回はパリダカールラリーを見にナイジェリア。
もう一回はこのオメガトライブの取材にケニアへ。
その一回目のナイジェリア旅行のときの話。

空港へ着いてすぐに兵隊(もちろん銃を持っている)に金をせびられた。
なぜかパスポートを見せろというのでつい渡してしまったら金、金、金と言いながらパスポートを返そうとしない。一緒に来た人は先に行ってしまっていて自分一人。そのうち兵隊が一人増え二人増え三人になってしまった。口々にそりゃお前払った方がいいよ。とにかくドルを見せてみろ。などと親指と人差し指、中指をすりあわせる独特の手の動きを目の前に突きつけてくる。肩には銃。
三人ともアメリカのミュージシャンのように茶色の肌ではなく、緑色を黒になる一歩手前まで濃くしたような暗緑色(そんな色あるのか?)手のひらはオレンジに見えた。
心底ビビりまくりながら、「嗚呼、人間と人間は分かり合えないのだな。それが外国人とならなおさらだ。だからこそ分かり合おうとする努力は大事なのだ。今まで日本ではそんなことどうでもいいと思って来たが無事日本に帰ることができたら是非その努力をしよう」などと考えながら片言でお金は先に行った友達がもっている。なんならその友達に貰ってくるからとりあえずパスポートを返してくれ。とあわわ、あわわしていたらなぜかあきれて返してくれた。その時の兵隊がここに出てくる兵隊のもとなのは言うまでもありません。
レイバンの黒のサングラス越しに見える射るような目。
ダカールラリーのスタート地点はカーニバルのようになっているのだけどその敷地内には現地の人は入れません。外国人だけです。策越しに見ている少年の刺すような目。
近年の映画の大傑作に「ラストキングオブスコットランド」というのがありましたが今まで見たアフリカを扱った映画では一番雰囲気がでてました。あの映画のアミン大統領演じるフォレスト・ウィティカーの目線にあのときのナイジェリアの人たちの目線が重なります。
最後にちょっとだけ違う話。ラリーに出場する人たちは整備にウェス(通常服とかTシャツなどのボロ布)を大量に使うので大きなビニル袋にたくさんつめてそこらに置いてあるのですがそこへ現地の小さな女の子が走り出て来てウェスを一枚引っ掴んで逃げました。すぐに親らしき人と警備の人と問答のあげくその子は追い出されました。手にはウェスを持ったままです。何故ウェスなんか欲しいのかなとそばに寄って見てみると、その布にはお花のプリントがされていました。なぜか胸がざわざわしました。
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一回はパリダカールラリーを見にナイジェリア。
もう一回はこのオメガトライブの取材にケニアへ。
その一回目のナイジェリア旅行のときの話。

空港へ着いてすぐに兵隊(もちろん銃を持っている)に金をせびられた。
なぜかパスポートを見せろというのでつい渡してしまったら金、金、金と言いながらパスポートを返そうとしない。一緒に来た人は先に行ってしまっていて自分一人。そのうち兵隊が一人増え二人増え三人になってしまった。口々にそりゃお前払った方がいいよ。とにかくドルを見せてみろ。などと親指と人差し指、中指をすりあわせる独特の手の動きを目の前に突きつけてくる。肩には銃。
三人ともアメリカのミュージシャンのように茶色の肌ではなく、緑色を黒になる一歩手前まで濃くしたような暗緑色(そんな色あるのか?)手のひらはオレンジに見えた。
心底ビビりまくりながら、「嗚呼、人間と人間は分かり合えないのだな。それが外国人とならなおさらだ。だからこそ分かり合おうとする努力は大事なのだ。今まで日本ではそんなことどうでもいいと思って来たが無事日本に帰ることができたら是非その努力をしよう」などと考えながら片言でお金は先に行った友達がもっている。なんならその友達に貰ってくるからとりあえずパスポートを返してくれ。とあわわ、あわわしていたらなぜかあきれて返してくれた。その時の兵隊がここに出てくる兵隊のもとなのは言うまでもありません。
レイバンの黒のサングラス越しに見える射るような目。
ダカールラリーのスタート地点はカーニバルのようになっているのだけどその敷地内には現地の人は入れません。外国人だけです。策越しに見ている少年の刺すような目。
近年の映画の大傑作に「ラストキングオブスコットランド」というのがありましたが今まで見たアフリカを扱った映画では一番雰囲気がでてました。あの映画のアミン大統領演じるフォレスト・ウィティカーの目線にあのときのナイジェリアの人たちの目線が重なります。
最後にちょっとだけ違う話。ラリーに出場する人たちは整備にウェス(通常服とかTシャツなどのボロ布)を大量に使うので大きなビニル袋にたくさんつめてそこらに置いてあるのですがそこへ現地の小さな女の子が走り出て来てウェスを一枚引っ掴んで逃げました。すぐに親らしき人と警備の人と問答のあげくその子は追い出されました。手にはウェスを持ったままです。何故ウェスなんか欲しいのかなとそばに寄って見てみると、その布にはお花のプリントがされていました。なぜか胸がざわざわしました。
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第五話 お前は必要とされてない
「脳と心」というNHKの番組がありました。
正確にはNHKサイエンススペシャル脅威の小宇宙・人体鵺「脳と心」だと思います。
初めて見たのはいつだったかビデオで繰り返し見ていました。一話一話がドラマチックでとても面白く進行役の養老先生の声にうっとりしていながら見ていました。
クロックアップという言葉はまだ知らなかったのですがこの「脳と心」のどれかの話をを見たときにいつかこういうことを扱った話を書きたいと考えたような気がします。
脳を高速回転させ認識のスピードをあげればどうなるのだろう?
事故にあったとき物がゆっくり見えたのは何故だろう?(実際にはあとからそう見えたと感じるだけなようですが)
などど妄想が始まったのでしょう。
とここまで考えていたらもう一つもっと昔に遡る記憶があった。

手塚治虫の短編「処刑は3時に終わった」である。ナチスがユダヤ人科学者の発明品を手に入れようと科学者を拷問する。ナチスのリーダーは科学者が口を割るまで寝かせないようにと命令する。しかし5日たっても科学者はこたえない。なぜならば・・・その秘密を知ったナチのリーダーの企みは・・・考えてみるとクロックアップの原型はあれなんだと思う。どうにかしてあの薬を役に立たせられないかと子供の頃考えたものだ。確か「時計仕掛けのりんご」の中の一遍だ。ちなみに「時計仕掛け〜」もクーデータの話だ。(がこちらはあまり関係がない)

ビジュアル的には「マトリックス」が大きいと思う。単純に「マトリックス」を見たときは面白かったなあ。あれ以降アクションもので新しい見せ方の映画がないのが寂しい。
正確にはNHKサイエンススペシャル脅威の小宇宙・人体鵺「脳と心」だと思います。
初めて見たのはいつだったかビデオで繰り返し見ていました。一話一話がドラマチックでとても面白く進行役の養老先生の声にうっとりしていながら見ていました。
クロックアップという言葉はまだ知らなかったのですがこの「脳と心」のどれかの話をを見たときにいつかこういうことを扱った話を書きたいと考えたような気がします。
脳を高速回転させ認識のスピードをあげればどうなるのだろう?
事故にあったとき物がゆっくり見えたのは何故だろう?(実際にはあとからそう見えたと感じるだけなようですが)
などど妄想が始まったのでしょう。
とここまで考えていたらもう一つもっと昔に遡る記憶があった。

手塚治虫の短編「処刑は3時に終わった」である。ナチスがユダヤ人科学者の発明品を手に入れようと科学者を拷問する。ナチスのリーダーは科学者が口を割るまで寝かせないようにと命令する。しかし5日たっても科学者はこたえない。なぜならば・・・その秘密を知ったナチのリーダーの企みは・・・考えてみるとクロックアップの原型はあれなんだと思う。どうにかしてあの薬を役に立たせられないかと子供の頃考えたものだ。確か「時計仕掛けのりんご」の中の一遍だ。ちなみに「時計仕掛け〜」もクーデータの話だ。(がこちらはあまり関係がない)

ビジュアル的には「マトリックス」が大きいと思う。単純に「マトリックス」を見たときは面白かったなあ。あれ以降アクションもので新しい見せ方の映画がないのが寂しい。
第四話 晴の目覚め
さて、作品の芯になる物とは何か?
それは「ファウスト」の中にあった。

もともと「ファウスト」のもとになった「初稿(ウル)ファウスト」なるものがある。
これは「ファウスト」の原型のような物でその主題は「グレートヘン悲劇」とされている。
グレートヘン(マルガレーテ)とはファウストが若返った後、恋をし父なし子を産ませ、その結果発狂してしまう女性である。
この登場人物には実在のモデルがいて当時フランクフルトで実際にあった嬰児殺し事件のスーザンナ・マルガレータ・ブラント(名前まで一緒)がその人である。
このマルガレータは居酒屋で働き、当時は重大なタブーとされていた父なし子を身ごもってしまい、悩んだ末その子を殺してしまうのである。その後裁判にかけられ、公開処刑される。
ゲーテはこの事件に大変な興味を抱き裁判を傍聴したり資料を読みあさったそうである。
つまりこの事件は現代の宮崎事件であり酒鬼薔薇事件であり(昨今では畠山鈴香事件であり)、時代を超えて作品の芯に足るべきテーマであった。
かくしてOMEGAの芯は決まった。
そして晴のヒロインは、はじめから作品の中盤で子供を身ごもり不幸な死を迎えるであろう事だけが設定された形になった。それが誰になるかどんな顔になるか決まるのはまだまだ後の事である。

参考資料『ファウスト』と嬰児殺し 新潮選書 大澤武男
それは「ファウスト」の中にあった。

もともと「ファウスト」のもとになった「初稿(ウル)ファウスト」なるものがある。
これは「ファウスト」の原型のような物でその主題は「グレートヘン悲劇」とされている。
グレートヘン(マルガレーテ)とはファウストが若返った後、恋をし父なし子を産ませ、その結果発狂してしまう女性である。
この登場人物には実在のモデルがいて当時フランクフルトで実際にあった嬰児殺し事件のスーザンナ・マルガレータ・ブラント(名前まで一緒)がその人である。
このマルガレータは居酒屋で働き、当時は重大なタブーとされていた父なし子を身ごもってしまい、悩んだ末その子を殺してしまうのである。その後裁判にかけられ、公開処刑される。
ゲーテはこの事件に大変な興味を抱き裁判を傍聴したり資料を読みあさったそうである。
つまりこの事件は現代の宮崎事件であり酒鬼薔薇事件であり(昨今では畠山鈴香事件であり)、時代を超えて作品の芯に足るべきテーマであった。
かくしてOMEGAの芯は決まった。
そして晴のヒロインは、はじめから作品の中盤で子供を身ごもり不幸な死を迎えるであろう事だけが設定された形になった。それが誰になるかどんな顔になるか決まるのはまだまだ後の事である。

参考資料『ファウスト』と嬰児殺し 新潮選書 大澤武男
第三話 エボィラの村
以前、単行本のあとがきにも書いたことがあるのだがこの漫画には元となった戯曲がある。
いうまでもなく「ファウスト」だ。
WILLはメフィストフェレスそのままの台詞を喋る。
また、もともとのプロット『Will』では主人公である晴の年齢もずっと上でおまけにウィルスの力で若返るというシチュエーションまで一緒だ。


モデルになった病院
さて、それでは何故「ファウスト」なのか?それにはあと二冊の本を紹介しなければならない。
一冊は「ウィルス進化論」中原 英臣・佐川 峻 。そしてもう一冊はカール・セーガン「はるかな記憶」だ。
ウィルス進化論が正しいか否かは自分には重要ではない。面白いか?どれだけ妄想を膨らませてくれる起爆剤になりうるかどうか?それだけが重要なのだ。
(本の宣伝にはダーウィンの進化論を超えたと書かれているが、どちらかというとダーウィン進化論の一部を強化もしくは補足するような内容である。)
中原 英臣先生には連載を始める前に一度お話をお伺いした。大変興味深いお話を聞くことができた。

晴のひきずられた道
「はるかな記憶」ここからインスパイアされたエピソードは多い。
実際KNGでも引用させてもらっている。アルファ、ベータ、などという観念はこのなかの類人猿の序列を下敷きにした。
また、ウィルスが生物間を移動するときに遺伝子の一部を運んでいってしまう。--というエピソードにも強く魅かれたし、
さらに言えばカール・セーガンの全生物に対する目線、とらえ方にとても共感した。
ウィルスものというと「ホットゾーン」「コブラの目」「アウトブレイク」etc・・・そういったパニックものにはしたくなかった。
上の二冊を読んだ後、たまたま「ファウスト」を思い出した。以前読んだことがあったがもう一度読んでみた。
すると繋がる繋がる。繋がるというのは変な話で、自分で繋げているだけなのだが。要は妄想の起爆剤に燃料が投下されたということだ。
もともと「ファウスト」はホムンクルス(人造人間)なども出てくる非常にSF的な戯曲だ。
『森羅万象を創りだすものは「意」であろうか。いや、「太初に力ありき」としなければなるまい』
『常に悪を欲し、常に善をなす、あの力の一部分です。』
『わたしは、最初すべてだったものの一部、つまり、あの光を生んだ闇の一部なのです。』
などなどインスパイアされた台詞は限りないのだが読めば読むほどメフィストフェレスがウィルスのような気がしてきた。
さて、それなら「ファウスト」を下敷きに話を妄想するとして、テーマというとおこがましいが何か作品の芯になる部分をみつけなくてはいけないところまで膨らんできた。
どうするか・・・。
しかし答えはやはり「ファウスト」の中にあったのだ。
つづく

いうまでもなく「ファウスト」だ。
WILLはメフィストフェレスそのままの台詞を喋る。
また、もともとのプロット『Will』では主人公である晴の年齢もずっと上でおまけにウィルスの力で若返るというシチュエーションまで一緒だ。


モデルになった病院
さて、それでは何故「ファウスト」なのか?それにはあと二冊の本を紹介しなければならない。
一冊は「ウィルス進化論」中原 英臣・佐川 峻 。そしてもう一冊はカール・セーガン「はるかな記憶」だ。
ウィルス進化論が正しいか否かは自分には重要ではない。面白いか?どれだけ妄想を膨らませてくれる起爆剤になりうるかどうか?それだけが重要なのだ。
(本の宣伝にはダーウィンの進化論を超えたと書かれているが、どちらかというとダーウィン進化論の一部を強化もしくは補足するような内容である。)
中原 英臣先生には連載を始める前に一度お話をお伺いした。大変興味深いお話を聞くことができた。

晴のひきずられた道
「はるかな記憶」ここからインスパイアされたエピソードは多い。
実際KNGでも引用させてもらっている。アルファ、ベータ、などという観念はこのなかの類人猿の序列を下敷きにした。
また、ウィルスが生物間を移動するときに遺伝子の一部を運んでいってしまう。--というエピソードにも強く魅かれたし、
さらに言えばカール・セーガンの全生物に対する目線、とらえ方にとても共感した。
ウィルスものというと「ホットゾーン」「コブラの目」「アウトブレイク」etc・・・そういったパニックものにはしたくなかった。
上の二冊を読んだ後、たまたま「ファウスト」を思い出した。以前読んだことがあったがもう一度読んでみた。
すると繋がる繋がる。繋がるというのは変な話で、自分で繋げているだけなのだが。要は妄想の起爆剤に燃料が投下されたということだ。
もともと「ファウスト」はホムンクルス(人造人間)なども出てくる非常にSF的な戯曲だ。
『森羅万象を創りだすものは「意」であろうか。いや、「太初に力ありき」としなければなるまい』
『常に悪を欲し、常に善をなす、あの力の一部分です。』
『わたしは、最初すべてだったものの一部、つまり、あの光を生んだ闇の一部なのです。』
などなどインスパイアされた台詞は限りないのだが読めば読むほどメフィストフェレスがウィルスのような気がしてきた。
さて、それなら「ファウスト」を下敷きに話を妄想するとして、テーマというとおこがましいが何か作品の芯になる部分をみつけなくてはいけないところまで膨らんできた。
どうするか・・・。
しかし答えはやはり「ファウスト」の中にあったのだ。
つづく

第二話 契約
ここで晴のキャラクターを語るのだがその前にすこし脱線する。
いきなり脱線するようだが、晴のことやKNGのながれについても関連するのであえて脱線する。
6月17日、宮崎勤の死刑が執行された。20年前のあの事件は確実に僕の創作人生に影響を与えた。
それまでも「おたく」という分類はあった。が、それは今のようにお茶の間で、学校で、企業のターゲットとして、認知されているものではなかった。あくまで一部の「おたく的」な人たちの一部が自虐的に使用するレッテルだった。「おたく的」という言い方はよくわからないかもしれない。(今のおたく像とはかなり違うので当時のを「おたく的」として書きます。)
当時、またはそれ以前は「おたく」というのはある意味、「趣味人」のさらに進化したジャンルだった。
知識があり、頭もよく、生活を維持する能力、常識も備えたうえで他の大人達が見向きもしないようなものに価値を見いだす粋な「趣味人」----それが当時の「おたく」だった。(これはとりみき氏もなにかで書かれていた)

20年前、あの宮崎勤の部屋を写した写真が象徴的にばらまかれ、現在の「おたく」像の元になった。
あの写真を見て当時の若者の大半は自分を重ね合わせたはずだ。すくなくとも僕は重ね合わせた。
結論としては自分と何も変わらない。何も違わない。公判の記録や当時あふれていた宮崎事件の本を買い漁りなんとか自分との相違点を探そうとしたが無駄だった。
かくして吾妻晴は宮崎勤と同じ側の立ち位置からはじまることになる。
それは他ならぬ作者自身が宮崎側の立ち位置として物語を描き始めたからだ。
しかしKNGでそれは変わることになる。
思えばOMEGAは宮崎側からスタートし、別の側へ成長する過程の物語だったのかも知れない。
言わずと知れた晴と作者自身が。
(ちなみに無印をOMEGA、キングダムをKNGと書きます。長いので)

KNGになってから単行本の表紙は白黒でした。しかし元絵は全てカラーで描かれています。
せっかくなので順番に載せていくことにしました。
いきなり脱線するようだが、晴のことやKNGのながれについても関連するのであえて脱線する。
6月17日、宮崎勤の死刑が執行された。20年前のあの事件は確実に僕の創作人生に影響を与えた。
それまでも「おたく」という分類はあった。が、それは今のようにお茶の間で、学校で、企業のターゲットとして、認知されているものではなかった。あくまで一部の「おたく的」な人たちの一部が自虐的に使用するレッテルだった。「おたく的」という言い方はよくわからないかもしれない。(今のおたく像とはかなり違うので当時のを「おたく的」として書きます。)
当時、またはそれ以前は「おたく」というのはある意味、「趣味人」のさらに進化したジャンルだった。
知識があり、頭もよく、生活を維持する能力、常識も備えたうえで他の大人達が見向きもしないようなものに価値を見いだす粋な「趣味人」----それが当時の「おたく」だった。(これはとりみき氏もなにかで書かれていた)

20年前、あの宮崎勤の部屋を写した写真が象徴的にばらまかれ、現在の「おたく」像の元になった。
あの写真を見て当時の若者の大半は自分を重ね合わせたはずだ。すくなくとも僕は重ね合わせた。
結論としては自分と何も変わらない。何も違わない。公判の記録や当時あふれていた宮崎事件の本を買い漁りなんとか自分との相違点を探そうとしたが無駄だった。
かくして吾妻晴は宮崎勤と同じ側の立ち位置からはじまることになる。
それは他ならぬ作者自身が宮崎側の立ち位置として物語を描き始めたからだ。
しかしKNGでそれは変わることになる。
思えばOMEGAは宮崎側からスタートし、別の側へ成長する過程の物語だったのかも知れない。
言わずと知れた晴と作者自身が。
(ちなみに無印をOMEGA、キングダムをKNGと書きます。長いので)

KNGになってから単行本の表紙は白黒でした。しかし元絵は全てカラーで描かれています。
せっかくなので順番に載せていくことにしました。







